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ホーム > フィリピン中波DXについて ■ まず、はじめに 〜 フィリピン中波局との出逢い 〔 TOP 〕 今から遡ること四十数年前。中学時代から、日本BCL連盟の町田ミーティング(MMDXC:現在は休会中)に毎月参加していました。 1985(昭和60)年、夏の二宮ペディションでDXCC-Cagayan de Oro City(828kHz)をキャッチしたのが、フィリピン中波との出逢いです。 当時この方面を熱心にワッチしておられる先輩が何人かいて、その後、わたしも思いっきり彼らの影響を受けたのでした。 高校時代には両親からお小遣いを前借りして日本無線・NRD-525を購入し、大学時代にはミーティングの先輩と石廊崎でペディを張り、社会人になってからはマニラまで遠征して現地受信を楽しんだりもしました。 その後、通算16年にも及んだ米国駐在で長いブランクが空きましたが、「いつかまた本格的にフィリピン中波局を聴いてみたい!」という願望が消えることはありませんでした。 そして2019(平成31/令和元)年、今度は、まさかの香港駐在がスタート。 香港 = 言わずと知れた、世界有数の人口密集地です。アンテナの設置スペースはなく、周囲はノイズだらけ。しかも、ラジオは広東語や中国語が溢れる世界、、、 「終わった・・・」と思いきや、いやいやどうして、中波帯をワッチしてみたら、意外や意外、あちこちでフィリピン中波局が聞こえるじゃありませんか! こんなことは予想もしておらず、何とも嬉しい誤算?です。何だか運命的なもの?を感じました。^o^ ■ フィリピン中波局の魅力とは? 〔 TOP 〕 まず、何と言っても「味がある」こと。 昔、お世話になった町田ミーティングの先輩が「北米中波局は飲み物で言うとコーラやファンタみたいな感じでサラリと聴けちゃうけど、フィリピン中波局は果汁100%の搾りたてオレンジジュースみたい。味があるんだ」と仰っていましたが、なるほど、言い得て妙です。 耳を澄ませば、男性DJのめっちゃ低い声が、ノイズの奥やフェーディングの谷から浮いて来ます。番組の「手作り感」というか、何とも言えない「泥臭さ」があります。他にはない、独特の雰囲気がタマりません。 次に、さまざまな点で「安定していない」こと。 開始、終了時刻はおおよそ決まっていても、毎日時間ピッタリに始まることも終わることもない。ものすごくアバウトです。局によっては周波数の変動もある。送信自体、出たり止まったり、というのもよくあります。 出た、動いた、止まった、に何の意味があるのか、というツッコミはさておき(笑)、「自分でいろいろ調べる感」を楽しめます。 季節により時間によりお空のコンディションにより、思いもしない局が入ったり(入らなかったり)、思わぬサプライズ?も事欠きません。 「カンタン過ぎず、難し過ぎず」。 毎日安定して入感する局もあれば、年にそう何度も入らない局だってある。常連局から珍局まで幅広く揃っている、という意味です。受信難易度は米東海岸のWコール局ほど高くないかも知れないけど、ではカンタンか、と言ったら決してそんなことはない。ノイズの底から混信局の合間を縫って微弱なIDをピックアップするスリル感を満喫できます。 国歌。 フィリピン中波局の多くは、開始時、終了時に国歌を流す局が多い。混声合唱、独唱、オーケストラ、オルガン演奏、、、局によりいろいろなバージョンがあります。究めると、国歌を聴いただけでどの局か見分け(聴き分け?)がついたり、なんてことも。普段の生活では何の役にも立ちませんが ^^;; この、いろいろなバージョンの国歌を集める楽しみもあります。 そしてやっぱり、言語。 タガログ語は、英語、米語(アメリカ英語)とはまた違った趣があり、その歴史的背景から、英語とスペイン語を足して二分したような言葉(の雰囲気)です。私自身はまだまだ修行中ですが、局によってはセブアノ語、イロカノ語、、、ローカルの言語も聞こえてきます。以前、日本でも1611kHzでよく受信出来たDWNXでは、「ビコール語」が使われています。(← 判別はなかなか難しいものがあります) ところどころ英語やスペイン語の単語や数詞など分かるものが出て来て、タイ語やベトナム語のように「全く分からない、というわけではない」のもナイス!です。(笑) ■ フィリピン中波DXにのめり込む 〔 TOP 〕 上述のとおり、2019年にスタートした香港駐在で、思いがけず本格的にフィリピン中波DXを再開することになりました。 当時住んでいたのは、香港島の東部。階下には繁華街のショッピングモールがある、高層マンションの8階です。 周囲をたくさんの高層建築物に囲まれ、どう考えてもDXはおろか、ラジオがまともに聴けるようなロケーションではありません。 では、なぜそんなところを選んだのか。 他にももう少し(ラジオ受信趣味的に)よさげな物件はいくつかあった中、入居のタイミングでちょうどフルリフォームが完了する(=内装が真新しい物件に入れる)、というのがその理由です。 自分の趣味より家族の生活を優先?させたわけですが、それでも、DXの女神は自分を見捨てなかった!(笑) そんなロケーションにもかかわらず、思いのほかノイズは少なく、室内に設置した純正YouLoopだけで、意外にもたくさんのフィリピン中波局が入感したわけです。 赴任の翌年からはコロナが流行し、およそ3年間、香港域外に出ることが難しくなりました。それでも電波に国境はなく、移動が制限される中でもワッチを続け、たくさんの局を受信することが出来ました。 コロナが収束してからは、香港を拠点にフィリピン各地まで足を延ばすようになります。 マニラはもちろん、セブ、イロイロ、ダバオ、カガヤンデオロ、プエルトプリンセサ、ジェネラルサントス、バコロド、、、 渡航先では放送局を訪問するようになり、アナウンサーや技術関係者との交流も増えるなど、趣味を通じてお付き合いの幅も一気に広がりました。 ( つづく )
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